SSブログ

チャーの番組 [2009/04]

夜中にふとケーブルテレビのチャンネルを変えたら、
チャーとジェイク・シマブクロが競演していた。
char meets.jpg
『チャー meets 誰々』というシリーズの音楽番組。
ギタリストのチャーと誰かが二人で演奏する。
今回のゲスト、ジェイク・シマブクロはウクレレを弾いている。

なんて楽しそうなんだ。
そして聴いて見てる俺もなんて楽しくなるんだ。
ビックリした。で、思った。
音楽家っていうのも作家なんだなーと。

「作家」という言葉には、昔からなにかと反応してしまう。
もしかしたら、
自分が「作家」というものに憧れとかがあったのかもしれない。
あるいは、
「作家」という言葉にコンプレックスがあるのかもしれない。

今現在、俺個人の作家の定義は、

「0から1が作れる人」んでなおかつ
「9から10にきちんとする人」となっている。
完成した作品、商品が10という意味で。

作家というのは小説家だけでなく、いろんな世界の作り手。

例えば漫画家。
物語やキャラを生み出すのが、0から1。
下書きしてペン入れして背景入れて完成原稿にすれば9から10。

俳優なんかも作家だと思っている。
芝居や映画の0から1を生み出すのは今、
脚本家や監督・演出家というより役者の場合が多いのではないか。
あて書きとかあるし。
また、舞台やカメラの前で表現したことがダイレクトに伝わる場合、
やはり9から10にしてるのは俳優の場合が多いと思う。

野球の場合で言えば、
第一球を生み出す人=投手は作家であるが、
打者は作家ではないと言わざるを得ない。

ただ、『ドカベン』なんかだと、
岩鬼が一番バッターで物語を生み出して
最後は山田が捕ったりしてゲームセットになったりするわけで、
あの明訓なんかは
チーム自体が作家と言えるかも知れない。
そういえば、大事な試合は
明訓の先行が多いような気がする。

その視点から考えると、
“親”というものは作家ではない。
“子供”というものの0から1を生み出すのは、
ま、言ってしまえば親の役目だが、
絶対に完成できない。

だから子供を作品のように思って
一瞬育てたりしてしまうのは明らかに間違い、
そんな風な当たり前のことに気づいたりする。

なによりさ、
その姿はチャーやジェイク・シマブクロのように
楽しそうではないだろうし。

作家というのは、
何かを作っているその姿が
はたから見ても楽しそうなものなんだと思う。






nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

『ひまわりっ』映画村旅 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。