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『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』上間陽子 [2017/07]

沖縄で生きる
未成年の女性たちのインタビュー集、

『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』
上間陽子著

を読んだ。

ノンフィクションを読む、
というより
ドキュメンタリーを見ながら、
その世界に
心を引き寄せられていく感じの本。

読んでいて、
とてもつらいし、
まいっちゃうし、
怒りも湧いてくるし、
でも、
それは人ごとじゃなく、
自分のどこかを突き刺されてる感じもあるし、
自分の隠している部分を
封印した箱から取り出されている感じもあるし。

簡単に泣いちゃダメだ…
涙といっしょに流して落としちゃダメだ…

と思いながら読んでたんだけど、
涙がボロボロこぼれ落ちた。

誰かに薦めようと
思うようなものじゃないのかも
しれないけれど、
たくさんの人に読んでもらいたい気もする。

なんというか、
読んでいると、
読んでもらいたい人の顔が
次々と浮かんでくるというか。

ライターの人とか、
出版社の編集者とか、
カメラマンには読んでもらいたい。

誰かに会って、
その誰かのことを他の誰かに伝えることを
仕事にしている人というか、
それができると信じてる人というか。

そう考えると、
人と人のつながりを信じたり、
なんとか信じようと思って
日々を送っている人、
みんなに読んでもらいたいのかもしれないなあ。

山野浩一さん [2017/07]

山野浩一さんが亡くなったそうだ。

SF作家で競馬評論家。

牧場で一言二言お話を聴いたり、
吉祥寺でお見かけしたり、
そば屋で隣の席でそばを食べたり、
……したことがある。


競馬をしていると、
なんで俺競馬なんか好きなんだろう?

足元がふらふらする感じになることがある。
不安というか、
俺ってなんなんだろう?
っていう疑問に取り憑かれる感じ。
時々。

ギャンブルったって
べつに儲かるわけじゃないし、
サッカーや野球みたいに
自分でプレーする楽しさはないし、
馬はきれいで可愛いけど、
経済動物だからほとんどが
若いうちに処分されちゃうわけで、
鼻面撫でてるとなんだか可哀相で
切なくなってくるときもあるし。

ま、それでも
なんか魅力があって、
自分の中で矛盾を感じながら
競馬を愛している。
んだと思う。

で、そんな足元ふらふらな時はよく、
寺山修司が書いた本や、
山野浩一さんの言葉や風体や、
府中の飲み屋で何度もご馳走になった
おじさんたちの顔を思い出しては、
また再び、
走る馬たちを見つめている。

競馬を始めたころ、
読み漁っていたコラム。
血統の本。
フリーハンデ。
予想。
「今日は勝ったから飲みな」
とおごってもらったビール。


馬が走っていくのを
見つめながら、
寺山修司の本から感じていた
激しい愛情、
明日を迎えることのやるせなさを
思い出したり、
山野浩一さんの言葉や文章から感じた
血統への冷静で熱いロマン、
未来に対する挑戦心なんかを
また、
ゆらゆらと胸に思い浮かべたりしている。

そういう意味で考えると、
俺にとって
競馬の魅力の一つっていうのは、
時間の流れをすうっと飛び越えられる
永遠性みたいなもの、
あるいは、
手が届きそうにないものに
ぴょんっと飛び乗れてしまうような
時空すっ飛ばし感覚なのかもしれないな、
などとも思う。

今週末の競馬は、
ゴールドアリュール産駒と
ステイゴールド産駒から
買ってみようかね。

合掌。


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