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超音楽劇『肉の海』 [2018/06]

Q.音楽とか歌って、
 どうしてこう
 心をざわめかせるんですかね?
 全く知らない初めて聴いた曲とか
 外国語で何歌ってるのかわからない歌なのに、
 聴いてるだけで
 なんかこみあげてきたりするじゃないですか?

と、いうような質問を
20年くらい前に、
エジプト・カイロで、
ユーミンさんに質問したことがある。
仕事で。
ホテルのバーで、
甘ーくてベタベタするチンザノをなめながら。

「私もずーっとそれを探しながら
 音楽やってるんだけど、
 でも、わからないのよねー」

みたいな答えだった。続けて、

「脳の海馬とか、
 そのそばの何とかっていう部分が
 関係しているって話を
 聞いたことがあるけど、
 なんだろね、やっぱりわかんない」

と、優しい顔で笑っていた。

2018年6月14日、
下北沢の本多劇場で
渡辺えりさんの劇団、
オフィス3○○の四十周年記念舞台、
『肉の海』を観た。

超音楽劇と名付けられた舞台。

すんごく面白かった。
素晴らしくドキドキした。
あらすじとかうまく言えないんだけど、
とにかく救われた気がした。
なにから救われたのはよくわからないけれど、
脳みそが“ミンチ”になっちゃいそうな状況、
自分の中の奥深くに眠っている
不安みたいなものから
いつのまにか救われていた、のかもしれない。

歌で。

歌に抱きしめられて。

んで、俺も
歌を抱きしめることができるかもしれない、
という希望で。

タイトルの
「肉の海」とは、
(あくまで俺が思った感じだけど)
人間誰でも
一人一人が自分の中で育てているもので、
その一方、
人間みんなが集まって
よってたかって育てているものでもあって、
で、
その引力がすごくて
簡単には逃げられないんだけど、
なんとか脱出しようと思ってる「海」。

でも、そういいながらも
大事に耕したりしたいし、
身を沈めたい気持ちもあって。
んでそれもやっぱり怖い「海」。

それは「記憶」かもしれないし、
「愛」かもしれないし、
「悪夢」かもしれないし、
「未来への夢」かもしれない。

なんにせよその「海」は、
生きてる限りずっと
離れられない「マイ舞台」なので、
ホントは面と向かって
付き合ったほうがいいのもわかってるし、
実は敵じゃないのもわかってるんだけど、
完全に取り込まれたら
「ヤバイ」から
一歩でも半歩でも
「海」から自由になろうと思ってる。

ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。
逃げろ、逃げろ、逃げろ。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。
見つめろ、見つめろ、見つめろ。

その時、
「海」の上に立って足元がぐらぐらして
転んでしまいそうなとき、
武器というか、
支えというか、
顔を上げるための“相棒”みたいなものが
「音楽」であり「歌」であり、
誰かのために流しているかわからないけど
あふれて止まらない「涙」なのだ。

と、思った。

だから、俺たちは
もうどこへも行けないかもという気持ちに
胸の中を占領されたとき、
歌を歌いながら、
口笛を吹きながら、
涙をだらだら流しながら、
夜の道を歩いていく。
満月の光が降り注ぐ暗闇を歩いていく。

そういう芝居、だと俺は感じた。

たまたま、
偶然だと思うけど、
最近しょっちゅう口ずさんでるのが
ユーミン『緑の町に舞い降りて』。

♪あてもなく歩くこの町も
 去る日は涙が出るわ~♪

ありがたいことに、
まだまだ鼻歌も出てくるし
涙もあふれ出てくる。

超音楽劇『肉の海』は
17日までやってるらしいので、
観れる人は観るといいよと思うけど、
観られなくても大丈夫。

歌を歌えば、大丈夫。
涙を流せば、大丈夫。
誰かといっしょに歌って涙を流せば、
もっともっと大丈夫。

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